『かくしごと』初回文書と藤吉晴美の立ち位置

本日、『かくしごと』Blu-ray&DVD 3巻が発売されました。

村野監督のインタビューが掲載されたブックレット、Webラジオ「カクシゴトーク」の特別編集バージョンなど特典も盛り沢山ですが、なんといっても注目すべきは「初回文書」でしょう。

『かくしごと』Blu-ray&DVD 3巻特典の「初回文書」の表紙
  1. 『かくしごと』における初回文書
  2. 初回文書と藤吉晴美

『かくしごと』における初回文書

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まず「初回文書」の意味付けを再確認しますが、『かくしごと』に限らず一般的な連載漫画としての「初回文書」は第6巻収録の「改竄フレーズ」で取り上げられており、そこではネットの予想からパクったと言われないための物的証拠変な最終回にさせないための心の拠りどころと描かれています。前者は読者に対して、後者は作者自身に対して意味を持つものと捉えることができます。

一方、『かくしごと』における初回文書はもう一つ、ほぼ同時に放送されたアニメ最終話用にストーリーの着地点を制作スタッフに伝えるという第3の役割も持っています。

ところで、この初回文書はいくつかのバージョンがあったものと推察されます。まず、久米田先生自身は単行本の「描く仕事の本当のところを書く仕事」において、このように書かれています。

アニメと漫画同時に終わるという事でぜーレこと製作委員会から「初回文書(もんじょ)※」の提出を迫られましたが、適当なのしか……いや長年の経年劣化により発掘の際欠け落ちてしまい、不完全なものしか渡せずに申し訳ありませんでした。

『かくしごと』第12巻 p.69

そして、 Blu-ray&DVD 特典の「初回文書」の表紙にはこんな注釈があります。

アニメ最終回用に久米田康治が描き起こしたネームです。

※その後、原作漫画制作時にメモ書きが追加されており、アニメ制作時に提供したネームとは一部異なる部分がございます。

これらのことから、少なくとも3つのバージョンが存在したことが分かります。

  • 最初に描かれたオリジナルのもの
  • アニメの製作委員会に提出したもの(オリジナルバージョンの一部が欠けたもの)
  • そこから原作漫画の最終話に向けてメモ書きを追加したもの(Blu-ray&DVD 特典はこれが掲載)

具体的にどこが欠けてどこを追加したのかは分かりませんが、追加分に関しては「メモ書き」という表現がされていることから、本記事ではキャラクターの絵が描かれていないセリフや設定の単語のみが書かれたページが追加分であると仮定して話を進めます。

初回文書と藤吉晴美

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  • ここからは「初回文書」の内容に触れてゆくので、必然的に『かくしごと』の結末についてのネタバレもあります。アニメ最終話、原作漫画の最終巻、そして Blu-ray&DVD 特典の「初回文書」をすべて読んだうえで先にお進みください。

「初回文書」のイラストのあるページとメモ書きだけのページを、前者は当初から考えられていたストーリーのラフ、後者は後から継ぎ足された要素と分類してみます。

すなわち、18歳になった姫が鎌倉の倉庫から持ち帰った原稿を可久士に見せて記憶を取り戻すことや、実は姫も漫画を描いていることを可久士に隠しているという大まかな流れは最初から決まっていた一方、姫の母が色覚異常になったことや、『ひめごと』のサブタイトルは最終回が近くなってから考えられたものと推測します。実際、村野監督も「全色消失」は事前に貰ったネームにはなかったという旨の発言(X) をしています。

他にも細かいところでは、当初予定では姫に漫画家であることがバレたことで開き直っていたものが、実際の最終回では「詳しくはバレてない」と思い、引き続き漫画家であることを隠そうとしているなどの違いがありますが、個人的に注目したのは藤吉晴美(ミハル)の描かれ方です。

『かくしごと』では絶望少女をモチーフにしたキャラが複数登場する中、藤吉晴美に関しては第9巻収録の「十段分物語」で「春吉不二美」の後ろ姿が1コマ描かれただけでした。漫画家を題材にした作品なのに漫画・アニメ好きのキャラがきちんとした形で登場しないのは不自然ともいえる状況でしたが、満を持してというべきか、最終話で「ミハル」として登場したのは周知のとおりです。ところが、「初回文書」では登場の仕方が少し異なっています。

  • 「美術準備室」のプレートが描かれたコマに「フジヨシハルミ」の名前
  • 「そーゆうの家で描きなよ」と諭すのは、晴美ではなく名前のない「友人」
  • メモ書きの中に再び「フジヨシハルミ(ミハル)」の文字

最初の登場コマ(「美術準備室」のプレートが描かれたコマ)ではセリフもないモブキャラとして廊下を歩くだけで、姫との直接のやりとりはなかったものと受け取りました。それを後から「ミハル」と名前を設定されて、姫と会話する役割を与えられただけでなく、姫が漫画を描いていることを知っている唯一の人間であるという重要な立ち位置に昇格したのでしょう。

藤吉晴美といえば、本来の登場作である『さよなら絶望先生』においても、さらにその前作のキャラである神崎美智子との関わりが描かれており[1]、久米田作品のオタクキャラは作品を超えて繋がっていることが本作でも踏襲された形になります。

「初回文書」から直接読み取れるのはここまでですが、個人的な妄想を許して頂けるならもう少し考えられることがあります。それは、「フジヨシハルミ(ミハル)」の名前メモが羅砂の仕事場の会話と同じページに書かれていることです。もちろん、本来は読者向けに公開されるものではないメモ書きですから、たまたま1か所にまとめて書かれただけかもしれませんが、「晴美がアシスタントとして羅砂の仕事場で働いている」という初期構想があったのではと考えてしまいました。

羅砂は当初は漫画家になるつもりは無いと言っておきながらも、コミックマーケットに足を運ぶ程度にはそっち方面の興味があったことが描かれているので[2]、晴美との個人的な出会いがあってもおかしくはありません。「神崎美智子 → 藤吉晴美 → 後藤姫」から分岐して「藤吉晴美 → 墨田羅砂」という関係もあったのでは、なんてね。

以上、2次創作のネタ提供でした。誰か描いてください(他力本願)。

脚注

  • 1.

    『さよなら絶望先生』第20集 194話「終われぬ夏を抱いて」、および第26集カバー下・裏表紙 ↩ 戻る

  • 2.

    『かくしごと』第6巻「かぐかうちかじか」 ↩ 戻る