『かくしごと』後藤姫の字画と名付けに関する考察

公開日

『かくしごと』TVアニメ(kakushigoto-anime.com)4話Aパートにて、姓名判断の話が放送されました。

姫が自分の名前を占う場面で、可久士が「あんま画数良くないんだよなぁ 仕方ないんだけど」と言っているのが引っかかっています。原作漫画では第2巻収録の「千と千尋の神画数」になりますが、アニメでは見えなかった可久士の顔も描かれており、悲しげな表情をしているのが分かります。

オリジナル画像表示
図1:笑顔で姓名判断をする姫と、悲しげな表情でその様子を見る可久士(第2巻 p.76)

画数の良くない漢字を子供には付けないでしょうし、もし気にしない親であればこんなセリフは言わないはずです。

姫の名前は「隠し事」→「後藤可久士」(ごとーかくし)に対して、「秘め事」→「後藤姫」(ごとーひめ)の語呂合わせの意味を持たせているのものと思われますが、それとは別に作中世界においても何らかの意味付けがされているのではないかと考えています。そのうえで可久士が「仕方ない」とぼやいたということはやむを得ない事情があったと推察されます。考えられる可能性としてはこんなところでしょうか。

  • 姫は実子ではない(引き取った際に後藤姓になった)
  • 実子だが(両親の離婚、再婚等で)姓が途中で変わった
  • 実子だが両親の希望に反して名付けられた

これらについて、作中で描かれたキャラクターのセリフなどから考察していきたいと思います。

以下、アニメ視聴のみで原作漫画を読んでいない方にはネタバレ要素があるのでご注意ください。

実子ではない可能性

まず、実子ではない可能性については、単行本7巻のカラーページにて、姫の親戚にあたる少年(可久士の父とその本妻の孫)が登場した際に明確に否定されています。

(姫) じゃあ‥‥私が‥‥ 誰かの隠し子?

(男子) ちげーよ むしろ

(姫) お父さんが隠し子

(中略)

(男子) つまりお前の父ちゃんとウチの母ちゃんは腹違いの兄弟

(姫) お父さんに妹がいたなんて 初めて知った

(中略)

(姫) 私とお父さんが本当の親子で安心した。

『かくしごと』コミック第7巻

久米田作品は『かってに改蔵』しかり『さよなら絶望先生』しかり、あっと驚くような結末にこそなれど伏線自体は素直なもので、例えば風浦可符香の本名は初期に分かりやすいヒントが出ていましたし、作品内に答えは提示されているという印象です。すなわち、作中でキャラクターに「本当の親子」と言わせておきながら「それは姫の勘違いで実は……」というオチの可能性は少なく、これは言葉どおりに受け取って良いと考えています。

作中での改名ネタ

次に実子ながら名前が変わった可能性について、日本では正当な事由がある場合に家庭裁判所の許可(www.courts.go.jp)を得て市区町村への届出を行うことにより下の名前を変更することが可能であり、対象が子供(15歳未満)であっても代理人により手続きができるので、可能性がゼロというわけではないですが、ここでは法的な面よりも作中の可久士のリアクションに注目してみたいと思います。

第5巻「全とっかえ役人共」で飼い犬に「ロク」と命名した話で、姫が「いい名前なら 誰がつけたかなんて関係ないよ」と言った際、可久士が泣くシーンがあります。普段の可久士なら「そうだよな」と優しく微笑みそうに思えるのですが、ここで泣いたのは過去に姫の名付けに関して何かしらの出来事があったのではないかと推察されます。

オリジナル画像表示
図2:姫のセリフを受けて泣く可久士(第5巻 p.19)

その次の話「おれたちの下描き」でも、 G-PRO の仕事場でこんなやりとりがあります。

(羅砂) 私もデフォルトでかわいい名前ついてたら良かったのに

(可久士) ‥‥‥‥

(可久士) 日本じゃ苗字より 下の名前を変えるほうが大変なんだぞ

(羅砂) (無言で可久士を見つめるコマ)

(羅砂) そうなんだ

(可久士) ま どーでもいい

『かくしごと』コミック第5巻
オリジナル画像表示
図3:羅砂に対して改名の難しさを説く可久士(第5巻 p.21)

これ、2人の会話が噛み合っていないような気がするのです。羅砂は本気で改名を考えているわけではなく、ちょっとした願望を冗談交じりで口にしたに過ぎないのに、可久士は真剣な顔で改名の難しさを説いています。直後の羅砂の無言カットはいわばネタにマジレスされて困惑している感じですが、続いて「ま どーでもいい」と言われて二人のやりとりは打ち切られます。

この一連の流れは、見方によっては可久士が「“羅砂”という名前は可愛くない」と悪く肯定しているようにも取れてしまいますが、そんな発言をするのも可久士は人の名前付けに対して思うところがあるからこその過剰反応ではないかと勘繰ってしまいます。

作中での襲名ネタ

作中では改名以外にも、落語界や歌舞伎界にある「襲名」に関する話が取り上げられたことがあります。

  • 第7巻カラーページで登場した姫の親戚にあたる少年は、その親(石川斎蔵)と同じく歌舞伎役者であり、姫が18歳になる直前の時点で襲名を行った
  • 第10巻「継いでねとんちんかん」にて、可久士が「二代目 後藤可久士」として名前と年齢設定を変えて再スタートしようと目論む

これらはそれぞれの話単体で見れば、明らかに伏線であるとか、姫の名前と関わりがありそうと言えるものではありません。ただ、『さよなら絶望先生』においても第百二十一話「渡しの個人主義」と第百二十二話「断崖の比較」(いずれも第一三集)で扱われた「○代目 絶望先生」のネタが最終話において糸色家にとって意味のある行為だったことが判明したこともあり、『かくしごと』においてもこれら「襲名」が何らかの意味を持っている可能性は考えられます。


ここまでのまとめとして、実子であることは確定しており、可久士はどうやら「本当は別の名前をつけたかった(けれど改名できない)」という想いを抱えているように思えます。個人的な妄想に過ぎませんが、姫の名前は両親の希望に反して名付けられた、というより最初から確定していたという可能性はないでしょうか。母親の幼少期の姿が姫とそっくりであり(第4巻「母子を継ぐ者」より)、その父親(=姫の祖父である戒潟魁吏)がランドセルだけでなく犬やピアノを贈るのは、容姿に留まらず母と同じ経験もさせようとしていて、そんなことをさせるのは「一族の女性はこうあるべき」という伝統があり、名前もそれに則り決められたと。妄想ここまで。

この答えはあと数回で最終回を迎える原作漫画で近いうちに明らかになるでしょう。最終回では驚きを得たいのでこの予想はむしろ外れて欲しいのですが、他にもいくつか存在する伏線がどう回収されるのかも含めて楽しみに待ちたいと思います。