伊豆急行モハ8102、モハ8202の種車番号が多くの文献で間違っている件

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鉄道車両の改造に際して、改造前後の車号の紐付けが不明になってしまったり、誤って認識されたりするケースが時々見られます。

これは単純にデータをまとめた方の勘違いや typo であったり、あるいは表沙汰にできない社内事情の闇があったりして、後者についてはその事実を知っていてもなかなか訂正もできない(見て見ぬふりをするしかない)のですが、本件に関してはおそらく前者でしょうから書いてしまっても問題ないでしょう。

誤った文献

先に結論を書きますと、多くの文献で

  • 東急電鉄デハ8129 → 伊豆急行モハ8202
  • 東急電鉄デハ8130 → 伊豆急行モハ8102

と書かれているのですが、実際は逆です。

オリジナル画像
写真1:伊豆急行モハ8102(2008年1月14日撮影)
オリジナル画像
写真2:伊豆急行モハ8202(2008年1月14日撮影)

まずは誤っている文献を見つけた限り書き出してみます。

文献名記事名掲載ページ著者
鉄道ピクトリアル 2005年10月臨時増刊号 No.767(鉄道車両年鑑 2015年度)伊豆急行8000系p.150大井祥永(伊豆急行運転車両課)
鉄道ジャーナル 2005年11月号 No.469私鉄車両のうごきp.109東京工業大学鉄道研究部
私鉄車両編成表 '05年版譲受車両一覧表p.183
鉄道ダイヤ情報 2008年8月号 No.2922008夏の伊豆急最新情報p.53割谷英雄(伊豆急下田駅長)
東急ステンレスカーのあゆみ(JTBキャンブックス)ステンレスカー車歴p.180荻原俊夫(東急テクノシステム)
伊豆急50年のあゆみ(JTBキャンブックス)伊豆急車両車暦表p.171杉山裕治(伊豆急行研究会代表)
鉄道ピクトリアル 2015年12月臨時増刊号 No.912(【特集】東京急行電鉄)東京急行電鉄 現有車両プロフィール 2015pp.299-300金子智治
鉄道ピクトリアル 2015年12月臨時増刊号 No.912(【特集】東京急行電鉄)東京急行電鉄 現有車両車暦表p.309金子智治、編集部
令和を走る昭和の電車(イカロスMOOK)関東大手私鉄譲渡車 車号一覧表p.134柴田東吾

著者の肩書きは執筆当時のものです。

次に正しく書かれている文献をいくつか。

文献名記事名掲載ページ著者
鉄道ピクトリアル 2005年10月臨時増刊号 No.767(鉄道車両年鑑 2015年度)車両データp.223
Wikipedia伊豆急行8000系電車(Wikipedia)山本輝雄(当該部分の修正者)
鉄道ピクトリアル 2011年8月号 No.851地方私鉄へ譲渡された元東急の車両の近況p.68富永冴樹

Wikipedia の記述は当初は間違っていたのですが、2008年5月10日(土)11:47の修正(Wikipedia)山本輝雄(Wikipedia)氏によって訂正されています。

不思議なのは、複数の文献で同じミスが見られることです。その中には「私鉄車両編成表」や「鉄道ピクトリアル」の東急特集号、伊豆急行の社員が書かれた記事など、信頼性が高そうな文献も多いのですが、残念なことに同じ間違いが蔓延してしまっている状況です。

それにしても途中で記事が訂正された Wikipedia は素晴らしいですね。集合知が活かされている良い例だと感じます。

証拠

さて、間違っている文献も多い中、どうしてそれらが誤りと言い切れるのか、その根拠を書いてみましょう。

東急デハ8129とデハ8130はいずれも1972(昭和47)年5月製造の8000系3-2次車で、主制御器や集電装置を備えたM1車。両車とも東横線8029F(当初は5連、最終的に8連)に組み込まれていました。製造時期、車種、組み込み編成が同じだったため、形態差はほとんど見られなかったのですが、晩年は室内妻面の製造銘板に違いが生じていました。

8000系の製造銘板は新製時期によって形状や色、フォントに4つのバリエーションがありましたが、1次車~4次車は紺色の大きめの板であり、東急車輛製造の2代目の社紋(帝國車輛工業を合併した1968(昭和43)年3月に改定されたもの)が印字されています。

しかし、本来その紺色タイプであるはずのデハ8130はいつかの時点で破損か盗難にあったのか、9次車~17次車に採用された橙色のプレートに銀色行書体のタイプになっていました。しかもその際、本来の製造年は1972(昭和47)年であるにも関わらず、なぜか「昭和46年」のものが取り付けられたのです。伊豆急譲渡後、現在に至るまでこの状態は続いており、モハ8102は新製時と同じ紺色プレート・2代目社紋タイプ(昭和47年)ですが、モハ8202は橙色プレート・3代目社紋タイプ(昭和46年)を掲げています。

私は8000系が東横線と大井町線に全車健在だった頃に室内銘板の横断調査を行ったので断言できるのですが、製造銘板が新製時と違うタイプに差し替えられた車両は何両か存在したものの、3次車において製造銘板の年数と実際の製造年が食い違っていたのはデハ8130の1両のみでした。

オリジナル画像
写真3:伊豆急行モハ8202の製造銘板
2020年4月14日追記当記事の公開当初、モハ8102の種車が東急デハ8130ではないことの根拠の一つとして、1997年に行われた室内更新工事において7号車に連結されていたデハ8130に車椅子スペースが設置されたものの、モハ8102にはその痕跡が見られないことを理由に挙げていました。伊豆急譲渡にあたり車椅子スペースの跡地に座席と荷棚を復旧した車両は5両が存在しますが、「座席の長さが元と異なる(モハ8104)」「荷棚の形状が元と異なる(クモハ8151)」「側窓が固定のまま(モハ8104)」「側窓下の手すりの撤去跡にネジが埋められている(モハ8104、クモハ8151、8156)」など何らかの痕跡が残されているケースが多いです。一方、改めて現車調査をしたところ、クモハ8154、8155は化粧板を部分的に貼り替えたのかこれらの痕跡が見られず、痕跡の有無を根拠に車椅子スペース設置経験車の判断を行うことはできないことになるため、車椅子スペース関係の記述は削除しました。多くの文献で種車の記述が間違っているという結論自体に変わりはありませんが、誤った根拠を元に理論を展開していたことをお詫びいたします。代わりに製造銘板の差異があることを思い出しましたので、差し替える形で挿入しました。

次に、決定的な証拠として長津田車両工場で改造されていた時の写真を上げます。

オリジナル画像
写真4:東急デハ8129の譲渡改造中の写真(2004年11月23日撮影)
オリジナル画像
写真5:東急デハ8130の譲渡改造中の写真(2004年11月23日撮影)

この時点で床下機器の換装、スカイブルー帯の貼付、車内のクロスシート設置などの改修はほぼ終わっているものの、側面の車番プレートは東急番号のままになっています。

これらの写真を見ると、デハ8129は主制御器や界磁チョッパ装置を搭載したまま(すなわち伊豆急モハ8100形への改造)、一方デハ8130は主制御器や界磁チョッパ装置を撤去し、代わりに蓄電池や整流装置、トイレ用の自動給水装置などが搭載されている(すなわち伊豆急モハ8200形への改造)ことが分かります。

このことから多くの文献に書かれている東急8129 → 伊豆急8202、東急8130 → 伊豆急8102 は誤りであると断言できるでしょう。