まどか☆マギカ資料班の同人誌「闇の概論」

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コミックマーケット86の1日目に入手した同人誌の中で個人的に注目していた「闇の概論」を読みました。

まどか☆マギカファンの界隈では俗に「資料班」と呼ばれる×KANさん(Twitter)によるコピー誌で、アニメ作品に関する資料の収集、コレクションについての考え方がA4・22ページに渡る文章にて記されています。

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図1:「闇の概論」表紙

以下、いくつか引用しつつ、自分の意見を述べさせていただきます。

なお、当該誌にはページ表記がないので、本記事では表紙をカウントしないものとして2枚目を1ページと数えます。

作品とその受容形態

あるがままに普遍的な価値として絵画を鑑賞するという態度そのものが、特定の時代の偏った物の見方なのではないか。

「闇の概論」4ページ より

たとえば何かの年表を作るとき、直接関係する事柄とは別に、その時代における世間一般の出来事を合わせて提示することがあります。これはマクロな視点の情報を付与することで、より理解を深める意図があるものと思われますが、それだけでは実際の体験には到底追いつきません。

読者はその事項を深く理解しようと思うなら、当時の生活習慣なども含めて学ばなければなりませんが、それを完璧に行うことは現実的に不可能です。

ただ、他者(後世の人間を含む)に情報を伝える際に、このことを念頭に置いたうえで何らかの工夫ができれば、それは価値を高めるものになると思います。

メディアミックスと出来事としての作品

作品は単数または複数の中心となる本編を頂上として、そこからなだらかに山の裾野が広がるように、広義のメディアミックス展開によるさまざまな表現や情報、商品とつながっていると考えたほうが実態に即している

(中略)

登山というものは登頂を目指すものだが、山を全体として知りたいという場合は、すべての登頂ルートを踏破するだけではなく、山の裾野を一周することも含み、また別の山や空から外観を観測することなども含むだろう。

「闇の概論」8ページ より

作品の接し方、楽しみ方というのは人それぞれ数えきれない方法があるはずで、登山の例はとても分かりやすいものだと思いました。

総合としての作品

ここで作品のピースと呼んだものは、おおよそで、重なり合った次の三つの場にあるだろう。

・主に作り手側、供給側の展開するメディアミックス(広義)

・受容者側が営むコミュニティの文化や、ファンカルチャー、同人文化

・両者を媒介し、ときに固有のモードをもたらすインターネット(供給側の告知やバーチャルな店舗が運営されるフィールドであり、かつファンカルチャーの発表のフィールドでもある)

「闇の概論」11~12ページ より

著者は同じ章の中で広告、PVさえ、メディアミックス展開の中での作品の一部でありうると書かれており、これは インターネットもメディアミックスの一部である と解釈できそうですが、ここでは別物として書かれています。

なぜメディアミックスの中からインターネットだけを抜き出し、別物として扱う必要があるのかよく分かりませんでした。

追体験性の記録

イベントの撮影などでは、一般的な目の高さで撮ったほどよい距離の写真というものも必要となる。一般的な目の高さで、おおよそ対象を見るような距離で撮影しておくことで、ちょうど観客が見ていたであろう光景に近い記録を残すのである。

(中略)

いわゆるきれいな写真と、状況を撮った写真と両方が必要になるのだ。

「闇の概論」15ページ より

まどか☆マギカ展をはじめとしたイベントの撮影では、対象をどのように撮るかという点を考える必要がありますね。

「きれいな写真」を撮る場合、なるべく人が写り込まない状態で、また大抵の場合は若干腰を屈めてややローアングルで構えることが多いです。これは直立した状態だと展示物の中心点より少し高い位置にカメラが来ることになり、すなわち見下ろす構図で不自然さが出てしまうからです。ただし、展示物の前に柵がある場合はローアングルだとそれが目立ってしまうので、臨機応変に対応します。

一方、「状況を撮った写真」は来場者やスタッフが適度に写り込んだ状態であったり、あるいは列の様子など参加者そのものが撮影対象となる場合もあります。構図などもなるべく自然な形に近いことが望ましいですが、個人が特定できる写真を許可なく公開するのはプライバシー上の問題があるため、低いシャッタースピードで歩いている人物を流したり、たまたま画面内の人物が全員背を向けた瞬間を狙うといった工夫をすることもあります。

ファンの記憶に関わるもの

例えばYoutubeには

「闇の概論」16ページ より

s/Youtube/YouTube/

証拠としての記録

仮に、最初のテレビ放送時からまどマギと呼ばれて大ヒット、というような紹介文があったとしよう。果たして最初から「まどマギ」と呼ばれていただろうか? という疑問に答えようとしたとたんに、たかが新聞のテレビ欄も、重要な情報源になるような気がしないだろうか。

「闇の概論」17ページ より

ファンの間で自然発生的に出現した俗称というものは、少なくとも一般的になるまでは公式の資料には載らないので、「たかが新聞のテレビ欄」であっても作品に関係する資料足りうるでしょう。

ただし、厳しい文字数制限があるテレビ欄は時に一般的ではない略し方をすることもあるので[1]、「まどマギ」という表記があったとしてそれが世間に浸透しているから採用したのか、5文字以内に収めなくてはならない事情から止むなく採用したのか判断がつきません。

よって、何らかの事実確認をするときにテレビ欄のみを判断材料とするべきではなく、個人ブログやTwitterなどウェブ上の記録や、雑誌の特集見出しなど他媒体と合わせて確認をするべきかと思います。

新聞のテレビ欄を収集対象とすること自体に異論を挟むものではありません。念のため。

  • [1]たとえば、2014年6月~7月にBSN新潟放送で地上波放送が行われた時の新潟日報のテレビ欄表記は4文字で「魔法少女」でした。