富永日記帳

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東急デハ3700形、クハ3750形のKS-33形台車の行方

公開日時:2011年9月9日20時31分

デハ3100形、サハ3100形に続き、東急の吊り掛け台車の話。デハ3700形、クハ3750形が履いていた住友金属製台車「KS-33形」に焦点を当ててみたいと思います。

形式はKS-33L? KS-33E?

吊り掛け時代の東急台車カタログ(www.amazon.co.jp)では、この台車の形式は「KS-33L」とされています。しかし、「東京急行電鉄旅客車一覧表」(鉄道ピクトリアルNo.269・1972年9月号)など「KS-33E」とする文献もあります。

末尾のアルファベットについては、「住友台車の歩んで来た道(第1報)」(住友金属1968年10月号)で次のように解説されています。

昭和24年以降末尾の記号を右のように改正した

E イコライザ付台車

J 路面電車用

W ウイングばね形式

東急デハ3700形、クハ3750形は1948(昭和23)年の製造なので、改正前の形式、すなわち「KS-33L」として製作されたのでしょう。社内資料で「KS-33E」となっているのは、メーカー側の形式改称に合わせて後から変更したものと推測します。

東急で使われたKS-33形の行方

KS-33形は吊り掛け時代の代表的な台車の一つであり、銚子電気鉄道では最初期の個体が昨年(2010年)まで活躍していました。製造時期や納入先によってさまざまな形態が存在しましたが、なかでも東急電車が履いていたKS-33形の多くには、枕ばねのオイルダンパ化工事が行われたのは有名な話で、特に「台車のすべて14」(鉄道ピクトリアルNo.106・1960年5月号)や東急碑文谷工場ものがたり(www.amazon.co.jp)では写真付きの解説までされています。

この台車を装備していたデハ3700形、クハ3750形は名古屋鉄道(名鉄)へ譲渡されて3880系として活躍しましたが、名鉄での廃車後も台車はク2800形やク2780形という車両に転用されたようです。

また,東急からのピンチランナー3880系は,昭和60年(1985)までに全廃されたものの,その足であった住友のKS-33Eは,瀬戸線のク2780形や本線系のク2800形の一部にまで再用されている。

私鉄の車両11 名古屋鉄道 より

このうち、ク2780形(3780系)は1996年まで活躍したようですが、廃車後のピク特集の記事にはこうあります。

(8) 3780系

6000系中間車2両6組の瀬戸線転入により,1996(平成8)年5月,残っていた2連6本全車が廃車になった.なお,3781~3784の台車FS35を6780形3両へ転用した.

名古屋鉄道 現有車両プロフィール2005(鉄道ピクトリアルNo.771・2006年1月臨時増刊号) より

電動車であるモ3780形の台車が転用されたとの情報が書かれていますが、ク2780形に関しては何も記されていません。

一方、最近(といっても10年以上前ですが)になって大井川鐵道の旅客車のうち、「しらさぎ」のクハ6060形や元・西武電車であるナロ80形、スイテ82形(www.oigawa-railway.co.jp)の台車がKS-33形に交換されていますが、これがオイルダンパ化された個体なのですよね。

交換時期からしても、名鉄の発生品を流用したように思えるのですが、どうなのでしょうか。

つづく。

東急2000系以前の車両から板状金属横棒のカーテンが消滅か

公開日時:2011年9月6日22時33分

今更なのでしょうが、ふと気づいたので。

東急電車の側窓にあるカーテンは、下端の金属横棒が丸形となっており、合成繊維(?)で囲われているものとなっています。

十数年ほど前に新型タイプが登場しましたが、これは下端の把手部分が板状で金属が露出したものであり、カーテン自体の材質が変わったこともあって下ろし操作が軽くなりました。新3000系2次車以降*1は板状ながら、フリーストップ式ということもあってか在来車より大型の把手となっています。

2005年から、優先席部分のカーテンが優先席マーク等の印刷されたものに変更されましたが、新3000系を除き従来の丸形横棒タイプが採用されたため、板状横棒の車両は2種類が混在する状況になっていました。

で、今年に入ってから気づいたのですが、いつの間にか板状横棒だった車両(の優先席以外の部分)も丸形へ再交換されていますね。2000系以前の車両は横浜高速鉄道のY000系を除き、確認した限りではすべて丸形になっていました。

譲渡車両でも交換例はあり、豊橋鉄道ではモ1803、モ1804、モ1807、モ1854、ク2804、ク2807の6両が板状横棒カーテンでしたが、全車交換済みです。一方、伊豆急行8000系はほとんど交換されていないように見受けられます。そのほか十和田観光電鉄のモハ7701、クハ7901も板状横棒カーテンでしたが、最近は乗車していないので未確認です。

  • *1新3000系1次車も、目黒線での本格運用に際して2次車以降と統一されています。

かってに改蔵 OVA 中巻

公開日時:2011年8月16日19時57分

かってに改蔵中巻(www.amazon.co.jp)、見ました。

上巻とは絵柄が変わり、原作中期のものになりましたね。

豊崎さん演じる部長が原作よりも黒くなっていたり、喜多村さんが念願(?)の「はーがーすー」を演じられたり、モブキャラの新谷さん率が異常だったり、斎藤さんに至っては奇声をあげたりカブいて歌ったりと、見所(というより聴き所)満載です。

そして立木さんはズルいほど面白い。基本的には原作通りの流れなので、各話のオチは知っているのですが、あの声でナレーションされると分かっていても笑ってしまいます。

話の内容に関して、第3話Cパートで鉄道ネタがあるので少しツッコミを。

ギリギリスーツに身を包んだ地丹くん、身延線南甲府までのギリギリの旅に出るのですが、行程表の時刻は現在のダイヤに合わせて変わっています。ただ、原作では南甲府20時55分に交換する対向列車で甲府に戻るつもりが乗り換え失敗、というオチなのですが、今回のアニメでは20時58分に到着した後、なぜか1本後の21時36分発で折り返す行程になっています。これで乗り換えに間に合わないという設定には無理があると思うのですが…。アニメスタッフきっちりしなさい!

※とはいえ、実際には21時36分発の列車で普通列車のみでも新宿に戻れるので、「ギリギリ帰ってこれる」という意味ではアニメの方が正しいです。久米田先生きっちりしなさい!

伊豆急行8000系の車椅子スペース

公開日時:2011年8月14日11時36分

地方私鉄へ譲渡された元東急の車両の近況の記事を書いていて、伊豆急8000系の車椅子スペースについて気になりました。

東横時代は2号車下り方(デハ8200形)と7号車上り方(デハ8100形)のいずれも山側に設置されていましたが、そのうちデハ8100形の一部が譲渡されています*1。多くの車はモハ8200形へ改造され、車椅子スペースを海側に移設して元の場所にはトイレが設置されていますが、それ以外の一部車両は車椅子スペースだった場所がどうなっているのか気になっていました。

具体的には、8104(東急8157)、8151(東急8155)、8154(東急8122)、8155(東急8126)、8156(東急8132)の5両が該当するのですが、残念ながら締切までに調査している余裕がなく、記事に含めることはできませんでした。

※クモハ8150形は3連化改造にあたり、車椅子スペースを再び設置していますが、東急時代と異なる海側の設置となっています。

この件をTwitterでつぶやいた(twitter.com)ところ、@yaguchi109(twitter.com)さんが写真をアップしてくださいまして、クモハ8150形のうち3両については形態が判明しました。

跡地は座席や荷棚、固定化されていた側窓が復旧されて元通りにされているのですが、モハ8151のみはよく見ると荷棚の形態が東急時代と異なります。

8000系、8500系の12次車までは、製造時は現在のSUSネットではなく塩ビ管だった関係で荷棚受けに穴が空けられているのですが、1~5次車は4つ、6~12次車は5つとなっています。11次車のモハ8151も5穴タイプだったことは東横時代に現車確認済みですが、車椅子スペース復旧部のみ4穴タイプにされているのです。

また、モハ8104については先日乗車することができまして、さらに面白い形態であることが判明しました。この車両は12-3次車として製造された元デハ8157で、伊豆急では唯一の軽量ステンレス車体。室内形態は次のような特徴があります。

  • 荷棚は12-2次車までとは異なり、端から2番目(現在は3番目)の受け具の位置が中央寄りになり、側窓に掛かる位置のため形状も変更された。さらに後年、端に近い部分に金網を分割しないタイプの受け具が増設されている。この雑然とした形態は12-3次車のみに見られる特異なもの。
  • 車端部の座席は、14次車までの軽量車で採用された「3.5人掛け」タイプ。
  • 座席の袖仕切りは2次車から採用されたタイプ*2で、荷棚から下りてきた縦棒と、肘掛けに使える高さの横棒を組み合わせた簡素なタイプ。13次車からは形状が大幅に変更されたため、軽量量産車では12-1次車と12-3次車のみの採用であった。

一方、この車両の車椅子スペース復旧部は、「3人掛け座席(16次車以降用)」「2~12次車用の袖仕切り」「横目15列の蹴込板打抜穴(20次車以降や更新車等用)」「4穴の荷棚受け(2~5次車用)」など、導入年代がバラバラの部品によって組み合わさっており、さらに荷棚は復旧前と同じ長さに対して座席は3人掛けに短縮されたため、荷棚手前の握り棒の角部(袖仕切りの縦棒につながる部分)は直角処理とされています。

もともと8000系グループの中でも変わり者だった12-3次車ですが、復旧部の一角はさらに変態的になってしまいましたね。

  • *1デハ8200形や大井町線のデハ8100形は、伊豆急には譲渡されていません。
  • *21次車のタイプと似ていますが、横棒高さや縦棒底辺の処理に若干の違いがあります。

車歴表の修正事項(2011年8月)

公開日時:2011年8月9日20時46分

車歴表をリニューアルしました。バックエンドの変更が中心で、フロント側の主な変更点は次の3点のみです。

  • ソート条件の車号を、「車号(車種別)」と「車号」に分離。
  • 形式に車種記号(デハ、クハ等)を追加。これによりデハ7200形とデヤ7200形が区別できなかった点が解消。
  • 全件検索に専用のURL ( /~tokyu/data/history-all ) を付与。ソート条件はデフォルトの「車号(車種別)」。

車号ソートについては、車号の数字だけを見ればデハ0700がもっとも小さいものですが、従来は車種を第一条件にしていたので、旧7000系のデハ7001が最初に表示されていました。これでは分かりにくいので、従来の条件を「車号(車種別)」と名称変更し、新たに純粋に車号のみをソートする「車号」を追加したものとなります。

問題は車号末尾にローマ字が含まれる300系の扱いで、たとえばデハ301Aは '301A' という長さ4の文字列となるので、3013と3101の間に来ることになります。個人的には末尾記号を除いた3桁の車号で判断する(すなわち0700より小さい扱いとなる)のが自然かと思うので、これは今後の課題としたいと思います。